ビンテージオヤジたちが、デジタル化を始めた——共鳴で動く組織の話

銀座男声合唱団の中に、デジタルチームが立ち上がりました。

連絡も、スケジュール管理も、どんどん便利になっていく。
正直、驚いています。

20代から70代まで、そのほとんどが経営者。
平均年齢は決して若くありません。
世間のイメージで言えば、アナログなオヤジ集団です。

普通なら「昔ながらのやり方でいい」と止まってしまってもおかしくない。
それなのに、なぜデジタル化が進むのか。

団長として、考えてみました。

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**新しいことに挑戦する経営者ばかりだから、進む**

理由は、はっきりしています。
新しいことに挑戦すべき、理解すべきだと考える経営者ばかりだからです。

経営者として第一線に立ち続けている人たちです。
時代が変われば、自分も変わらなければならない。
それを、身をもって知っています。

だから、年齢は関係ありません。
70代であっても「それ、面白いな。教えてよ」と素直に乗っていく。
20代、30代の若い経営者が当たり前に使うデジタルを、面白がって受け入れる。

歳の差が、壁にならない。
むしろ、それぞれの強みが混ざり合っていく。

学び続ける姿勢こそ、経営者の条件なのかもしれません。
これは、組織として実に健全な姿だと思うのです。

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**誰も「やれ」とは言っていない**

おもしろいのは、ここからです。

このデジタルチーム、誰かが「やれ」と命じたわけではありません。
有志が、自然と動き出したのです。

自分たちの活動を、もっと良くするために。
手が、自然と挙がった。

僕は団長ですが、何も指示していません。
ただ、見ていただけです。

指示では動かない。共鳴でしか動かない。
それを、目の前で見せてもらった気がしました。

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**歌はしろうと。でも、客席が泣く。**

僕たちは、歌のプロではありません。
音大を出た人間もいなければ、幼い頃から音楽を学んできた人間もほとんどいない。

それなのに、コンサートにはリピーターが多いのです。
ありがたいことに、来月7月7日の七夕コンサートも、おかげさまでチケットはSOLD OUT。
当日を心待ちにしてくださっている方が、たくさんいます。

なぜ、しろうとの歌が人の心を打つのか。

生き様を、声に載せているからだと思っています。
腐った親父は、一人もいません。
発酵したビンテージオヤジばかりです。

その人間が歩んできた人生が、声に滲み出る。
それが客席の心を動かすのです。

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**団長業は、見えない経営のトレーニング**

僕の社長業は「任せるけど頼らない」です。
最終チェックがある。結果が見える範囲で動く。

でも団長業は違います。
「任せて頼る」です。
方向性だけを示し、結果は見えない。委ねきるのです。

20代から70代、50名の経営者集団。
誰一人、僕の言いなりになどなりません。

それでもデジタルチームが生まれ、仲間が増え、舞台に向かって動いていく。

なぜか。

ミッションが、共鳴しているからです。

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**フィロソフィーが共有されていなければ、組織は動かない**

団長に就任したとき、僕はミッションを決めました。

「世界を心のハーモニーで満たす。」

ソウル、上海、ロシア、サントリーホール、そしてカーネギーホール。
愛と熱で、世界を舞台にしてきました。

このミッションを全員が体に刻んでいるから、僕は委ねられるのです。
細かい指示がなくても、各自が考えて動く。
新しい仲間が入っても、すぐにその想いに染まっていく。

想いが伝わっていなければ、任せた瞬間に組織はバラバラになります。
でも想いが共鳴していれば、見えないところで勝手に前へ進んでいく。

見えない経営とは、フィロソフィーで動く組織のことです。

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**合唱団が教えてくれた、経営の本質**

僕は今、株式会社店舗ドックの経営で、「任せるけど頼らない」から「任せて頼る」への移行期にいます。

その練習を、毎週リハーサル室でやっているようなものです。

指示で動く組織は、上が止まれば止まる。
共鳴で動く組織は、上がいなくても前に進む。

それが、僕が目指す次のステージです。

デジタルチームが自然と生まれたように。
ミッションに共鳴した人間が、自然と動き出す。

採用も、営業も、組織づくりも、本質は同じだと思っています。


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髙倉 博

株式会社店舗ドック代表取締役

1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。

卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。

最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。

しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。

多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。


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