一度辞めた人が、戻ってくる

このところ、不思議なことが続いています。

かつて当社を辞めていった人たちが、次々と戻ってきてくれているのです。

一人ではありません。何人もです。
世の中ではアルムナイ採用と呼ぶそうですが、私にとっては、そんな言葉より重い出来事です。

なぜ今、こういうことが起きているのか。
少し考えてみました。

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**追い出していた頃の私**

以前このブログにも書きましたが、若い頃の私は社員を怒鳴っていました。

育てているつもりで、実際には追い出していました。
新卒で入ってくれた人が、次々と辞めていきました。

あの頃の会社に、誰かが戻ってくることは絶対にありませんでした。
当たり前です。怒鳴り散らす社長のところへ、好んで帰ってくる人がいるはずもありません。

だから今、人が戻ってきてくれるという事実そのものが、会社が変わった証だと受け止めています。

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**理由を、聞いてみた**

嬉しさもありますが、それ以上に知りたいことがありました。

なぜ、戻ろうと思ってくれたのか。

酒の席で聞いてみると、だいたい三つに集約されました。

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**一つ目。次を任せる人が決まっていること**

うちには、次の社長になる人間がいます。

私はまだ現役ですが、その先の絵は既に描かれています。
社内の誰もが、それを知っています。

これは、外から見ると大きいのだそうです。

社長が何歳までやるのか分からない。その後どうなるのかも分からない。
そういう会社には、自分の未来を重ねられません。

次が見えているということは、その次も見えるということです。
自分がどこまで行けるのかを、想像できる。

夢がなければ人は集まらない、と社外取締役に言われたことがあります。
本当にその通りだと思います。

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**二つ目。分かち合う仕組みがあること**

もう一つは、会社の持ち分の話です。

私は、外から中途半端にお金を入れてもらって株を持たれるくらいなら、一緒に働く仲間に持ってもらったほうがよほど楽しいと考えています。

これは、綺麗事で言っているのではありません。
本気でそう思っています。

一緒に苦労した人が、一緒に果実を受け取る。
それが自然なことだと思うのです。

会社が伸びたとき、伸ばした人が報われる仕組みがあるかどうか。
外に出た人ほど、そこを冷静に見ています。

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**三つ目。大手にはない面白さがあること**

三つ目が、いちばん本質的かもしれません。

戻ってきた人の多くは、大きな会社を経験しています。
待遇でいえば、そちらのほうが良かった人もいます。

それでも戻ってくる。

理由を聞くと、だいたい同じことを言います。
決められない、動かせない、任されない。

大きな組織は、仕組みで動きます。
それは強さでもありますが、一人ひとりから判断の余地を奪います。

自分で考えて、自分で決めて、その結果を自分で引き受ける。
この面白さを一度知ってしまった人は、どうやらそれが忘れられないようです。

うちは、そこだけは自信があります。
任せます。そして、決めさせます。

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**戻れる会社であること**

考えてみれば、辞めていくことは悪いことではありません。

外の世界を見て、成長して、また違う景色を持って帰ってきてくれるなら、それは会社にとっても財産です。

大事なのは、戻れる関係でいられるかどうかです。

揉めて辞めた人は、戻ってきません。
恨みを残して出て行った人も、戻ってきません。

送り出すときに、どういう別れ方をしたか。
それが何年も経ってから、こういう形で返ってくるのだと知りました。

去る人を責めない。
出て行った人の悪口を言わない。

これは損得の話ではなく、筋の話だと思っています。

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**まだ、途中です**

とはいえ、うちが素晴らしい会社になったなどと言うつもりはありません。

課題は山積みです。
至らないところだらけです。

ただ、一度離れた人が「もう一度ここで」と言ってくれるくらいには、進めたのかもしれません。

あのころ辞めていった人たちへの、せめてもの償いのつもりで、これからも会社を良くしていきます。

さて、あなたの会社は、辞めた人がもう一度戻ってきたいと思える場所でしょうか。


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髙倉 博

株式会社店舗ドック代表取締役

1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。

卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。

最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。

しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。

多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。


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