母は言いました。怒るときは、そのことだけにしなさい
私は、感受性が強いほうです。 人の表情の変化に、すぐ気づきます。 場の空気が動いた瞬間が、はっきり...
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私は、感受性が強いほうです。
人の表情の変化に、すぐ気づきます。
場の空気が動いた瞬間が、はっきり分かります。
そして、見たものを映像で記憶してしまいます。
長所だと思ってきました。
実際、そうなのだと思います。
けれど同じ性質が、私を何度も失敗させてきました。
今日はその話を書かせてください。
快適の創造は、感受性でできている
十月から、当社の理念は「快適の創造」の一語になります。
この理念を実現するために、何が必要か。
私は、感受性だと思っています。
お客様は、困りごとをそのまま言葉にしてくださるとは限りません。
「大丈夫です」とおっしゃりながら、本当は困っている。
本当に気にしているのは、別のところにある。
言葉にされていないものを、どう受け取るか。
そこが分からなければ、快適は創れません。
私は、商談の場でよく仮の話をします。
「もし当社にお任せいただくとしたら、どういう進め方がやりやすいですか」
「もし社内でお決めになるとしたら、どなたにご説明が必要でしょうか」
面と向かって「発注いただけますか」と聞けば、相手は身構えます。
けれど仮定の形にすると、不思議と自然にお話しくださるのです。
そして大事なのは、その答えの中身だけではありません。
問いを投げた瞬間、相手の表情がどう動いたか。声のトーンがどう変わったか。
そこにこそ、本当のことが表れます。
感受性が強いから、それを拾える。
拾えるから、相手の本当の困りごとに辿り着ける。
私の理念は、私のこの性質の上に立っているのだと思います。
同じ性質が、私を失敗させる
ところが、です。
同じ性質が、まったく逆の働きをすることがあります。
私は、見たものを映像で覚えています。
何年前のどの場面で、誰がどんな顔をして、何と言ったか。
消したくても、消えません。
これが、怒るときに牙を剥くのです。
目の前の一件について話しているはずなのに、次々と映像が再生されてきます。
あのときも、そうだった。
そういえば、あの場面でもこう言っていた。
だからこうなるんだ。
言われた側は、たまったものではありません。
今日の一つのことを反省すればいいはずが、過去のすべてを責められている。
どこから謝ればいいのかも分からない。
私は、これを何度もやってきました。
母の言葉
母は、死ぬ間際に、私にこう言いました。
「怒るときは、そのことだけにしなさい」
そのとき私は、すでに社長になっていました。
会社を率い、人を使う立場にいました。
母は、洋食器を集めるのが趣味な人でした。
コーヒーを淹れるたびに「今日はどのカップにする」と聞いてくる。
面倒くさいと思っていましたが、あれが私の感性を育ててくれたのだと、今では分かります。
その母が、最期に遺したのが、この言葉でした。
きっと母は、ずっと見ていたのだと思います。
この子は、全部覚えてしまう。
そして、怒るときに全部持ち出してしまう。
人の上に立つ息子が、それで人を傷つけることを、案じていたのでしょう。
言いたいことは、山ほどあったはずです。
それでも母が最後に選んだのが、この一言でした。
母が亡くなって、十七年になります。
いまだに、守れていません。
怒りながら、頭の中で映像が回り出すたびに、母の声が聞こえます。
そのことだけにしなさい、と。
長所と短所は、同じものです
ここまで書いてきて、思うことがあります。
長所と短所は、別々のものではありません。
一つの性質の、表と裏です。
映像で覚えているから、お客様の些細な変化に気づける。
映像で覚えているから、怒るときに過去を持ち出してしまう。
同じ能力です。
場面が変わるだけで、価値が裏返るのです。
だとすれば、短所を消そうとしても意味がありません。
消したら、長所まで消えてしまいます。
できるのは、二つだけだと思っています。
一つは、自分の性質を正しく知っておくこと。
自分はどういう場面で、どんな失敗をする人間なのか。
知っていれば、踏みとどまれることがあります。
もう一つは、人を配するときも同じ目で見ることです。
その人の短所が出てしまう場所ではなく、長所として現れる場所に置く。
配置とは、そういうことなのでしょう。
五十六歳になって、ようやくそう考えられるようになりました。
けれど、今日もまた怒ってしまうかもしれません。
そのときは、母の言葉を思い出せるでしょうか。
そのことだけにしなさい。
たった一言なのに、十七年かかって、まだ身についていません。
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株式会社店舗ドック代表取締役
1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。
卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。
最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。
しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。
多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。
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