伝説の勇者タカクラ

先日、我が国屈指の名門ゴルフコース「霞ヶ関カンツリークラブ」でプレイさせていただくという僥倖にまみえました。

その素晴らしさをなんと表現したらよいのでしょう。


なにかを足している美麗さはありません。
といって、ことさらに引いているわけでもない。
過不足がない自然なありように高い品格が感じられます。
長い年月をかけて積みあげ、磨きあげてこられた底光りする美そのもの。


見渡す限り落ち葉一枚落ちていない静謐なコースの風景。
芝生の色もひたすら目に優しい。
景色に「シック」という言葉を遣いたくなったのは初めてです。
木の立ち姿にも歴史が表れていました。


クラブハウスの内装や調度品もいうまでもありません。
しっかりと磨きこまれた古い椅子一脚を見るだけで、ここに流れた時間の豊かさを知ることができました。
「ヴィンテージ」ってこういうもののことをいうんだよなあ、と思わずため息が出たほどです。


東京オリンピックのゴルフ競技の会場となったのも、ここなら世界のトップ選手を迎えるにふさわしい、とオリンピック関係者が判断したからでしょう。
日本人であること、ゴルフをプレイできる自分であることに誇りを持てるコースです。
ほんとうに素晴らしい経験をさせていただきました。
感謝にたえません。


また別の日には、ある方にあるライブハウスに連れていっていただきました。
結成30周年というビートルズのコピーバンドのライブでした。
ビートルズ自身の活動年数は、実質8年足らずだそうです。
その4倍近い年月を、ひたすらビートルズの曲を演奏してきた人たちなのです。
なんて愛が深いのでしょう、リバプールから遠いアジアの片隅で30年も。
ポールもリンゴも驚いてくれるのではないでしょうか。


とくにビートルズを聴きこんできたわけではない僕でも、ほとんどが知っている曲ばかりでした。
これがビートルズのすごさですね。
クラシックならモーツアルトに匹敵すると思います。


人種、国籍、時代、世代、性別、趣味嗜好、思想もといっていいのかな、それらぜんぶをないもののように軽々と超えて、愛されるビートルズの曲。
そこに惚れ込んで30年も演奏しつづける日本の男たち。
人前に立って歌うという経験を重ねてきた銀座男声合唱団三代目団長としても意気に感じ、尊敬の念がやまない一夜となりました。


そしていつものように経営者として、考えてみます。
儲かる仕事を追いかけていてもなにも残らない。
人のいる社会に、人の心に、深く刻まれる仕事を手がけていかないと、後世に名を残すことはできません。


10年前に「看板ドック」のアイデアをまるで神からの啓示のように授かって以来、僕には儲かる仕事を探す気持ちはまったくなくなりました。
もともと、儲けよう、儲けたいという気持ちは薄かったのですが、儲けなければ会社が立ち行かない、という思い込みはありました。


しかし、「看板業界を安全第一の業界にする」という志を立て、「看板で苦しむ人、悲しむ人をゼロにしたい」という大義名分を得、「看板ドック」のアイデアを授かってからは、「儲ける」の概念がモザイクとなって崩れさり、自分の心が組み変わってしまったのです。
その心によって「看板ドック」が「店舗ドック」へと拡大して、社名までが株式会社店舗ドックとして再誕生しました。


マーケティングではよく「物語を作る」といいます。
商品についての物語を作ることで、お客さんを惹きつける。
それはもう飽きるほど繰り返されている商売のパターンですね。
僕は、物語を意識する間もなく邁進して、結果として伝説になればいいと思っています。


「店舗ドック」という伝説が100年後に語られていたら最高ではないですか。
ビートルズも霞ヶ関カンツリークラブも伝説を生みました。
そして現在もなお、多くの人々がその伝説を引き継ぎ、紡ぎつづけています。

「追いかけるなら儲けではなく人の幸せを」

株式会社店舗ドックの伝説の1ページめには、初代勇者タカクラのそんなセリフが書かれていることでしょう。



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髙倉 博

株式会社店舗ドック代表取締役

1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。

卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。

最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。

しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。

多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。


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