値決めは経営の根幹

商品を開発し、お客様に向けて発表するときに、うんうんいって考えることは、値段をいくらにするか、です。

いわゆる「値決め」ですね。


これ50万円どうだろう。
いや100万円で売れるのではないか。
お客様にとってその値段を出す価値はあるだろうか。
「これでお金取るの?」と聞かれたりしないだろうか。
目に見える形のないサービスのときにはとくに、これくらいでどうか、いや高いかも、じゃあこれくらい、それでは安すぎる、と自問自答が長くなります。


たとえば家事代行について考えてみましょう。
家事というのはある程度までなら誰にもできます。
生活する上で当たり前の行為といってもよいでしょう。
しかし、代行してもらえたら、自分の時間ができる、体力的に助かる、自分でするより質の高い状態を享受できる。
つまり、自分で行うときには生じない価値が得られるということになります。


価値があるところに人は対価を支払います。
家事代行を提供する会社は、自分たちはこれだけ欲しいという額とお客様の評価額との兼ね合いを計るわけです。
お客様が家事代行を頼むのが初めてでも、この内容に対してこの価格なら見合う、納得できるという価格を設定しなければなりません。


お客様と出会う前にすでに駆け引きは始まっています。
お客様はどんな方なのか、どんな生活レベルにあるのか、どのような価値観を持っているのか。
綿密なリサーチをする力と絞り込みの感覚が必要です。


いまの日本にはインバウンド価格の値決めという重要な課題もあります。
インバウンド客の、国籍、国の経済状況、本人の経済状況と生活レベル、日本に求めているもの、価値観…考慮するべき要素が増えて、中身も複雑になります。


宿泊業、外食業、小売業、お土産業者、などなど、それぞれにインバウンド価格の設定に頭を悩ませていることでしょう。
日本人客との価格の違いはあって当然です。
僕たちも外国にいけば、その国のインバウンド価格を支払っているのですから。


ビジネスモデルをつくるにあたって、値決めが最終段階であり、同時に最重要課題になります。
盛和塾の稲盛和夫塾長も「値決めは経営だ」とおっしゃっていました。
値決めが経営の根幹であると僕は理解しています。


その手前で「お客様に喜んでもらうこと」が僕の仕事の定義なのですが、喜んでもらえる価格は相手によって、サービスによって変わってきます。
お客様に喜んでもらった価値と、僕が設定する価格がつりあっているかどうか。
安ければいいというわけではありません。
このサービスに自分はこれだけの金額を支払うという、お客様自身の自己価値の額でもあるからです。
稲盛塾長は「その人が払える最高の金額」をつけるのが値決めだともおっしゃっていました。
深い言葉です。


一杯のコーヒーを外で飲むとしましょう。
いつどこで、どういう状態で飲むか、一人なのか、誰かといっしょなのか、飲む目的はなんなのか。
それらの条件に応じて、僕たちは店を選んでいるはずです。
コーヒーの中身や器、内装、空調、窓から見える景色が、上の条件に最大限に沿った店はどこなのか。 


複数の商談相手が打ち合わせ場所に指定してくるあるチェーンの喫茶店があります。
高級感のある店で、快適だなと思いつつ打ち合わせをしていたのですが、先日いったときに気づきました。
他の座席の会話の内容が、ほぼ聞こえてこないのです。


席同士がそんなに離れているわけでもなく、店内の音自体が聞こえないわけでもなく、でも会話は聞こえてこない。
ということはつまり、こちらの会話も他のお客に聞こえていかない。
これは商談に向いている店だ、と、打ち合わせの相手が指定してくる意味を理解しました。


この喫茶店で飲むコーヒーが一杯1,000円だったとしても、僕は払う価値があると判断します。
店側が1,000円と値決めしてきたことに同意して、それを支払うでしょう。
チェーンを運営する会社の経営に僕はイエスといったわけです。


翻って、株式会社店舗ドックの経営とは、「店舗ドック」にイエスをいってもらえる値決めをすることです。
先週書いたように、ニューヨークでは年間2,000万円もらっても豊かには暮らせない。
それならこういうサービスをこの値段で提供したら、付加価値として理解してもらえるだろう、イエスが聞けるだろう、と見抜くことが経営の肝要です。


経営側は支払う側の視点を持って、売る側の自分の目線とクロスする最高点で値決めをする。
じつはこれほど楽しいことはありません。
難しいと考えてしまえば難しくなってしまうことを心から楽しむ。
それも経営の醍醐味の一つなのです。



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髙倉 博

株式会社店舗ドック代表取締役

1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。

卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。

最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。

しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。

多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。


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