髙倉博は「利他の人」といわれる理由

僕は、自他ともに認める「利他の人」です。
利他的に考える、利他的に動く、利他的に生きる人。
利他の反対は利己。
己の利をのみ追求するありかたですね。


利他がよくて利己が悪いから、利他を選んでいるわけではありません。
自然に考え、自然に動くと利他的になっていました。
あるときから「利他」を意識してみて、ああ、これのことか、と腑に落ちたのです。
利己的な自分を克服して利他的な人間になるのはたしかに難しいのかもしれませんが、天然で利他の僕は、これ以外に人に接する方法はあるのだろうかと思います。


僕にとって、人と会うということは、相手が誰であれ、その人の話を聞くということです。
お客様でも、メンターや先輩、または仲間や友人、後輩や社員でも、目の前にいる人の話を、その人の身になって聞きます。
目上の人だから話を聞き、目下の者にはいいたいことをいうだけ、あるいは、利益になる人の話を聞くだけ、だったとしたら、利他的にはなれませんね。
そういう人は、自分の話はやたらと聞いてもらいたがったりもしますが、相手の話を聞くことで得られるものの豊かさに気づいてほしいなと思います。


残念なのは、僕が利他的に話を聞こうとしているときに、相手から出てくる言葉があいまいだったり、通り一遍だったりすることです。
たとえば看板業だったとして、「おたくの会社の商品を紹介したいから、特長をいってみて」と聞いているのに、
「他といっしょです。普通の看板屋です。がんばるんでよろしくお願いします」
という答えだったらどうでしょう。


僕はその会社の看板を、誰にどのように紹介すればよいのか、わかりませんよね。
相手の身になって話を聞く習慣をつけると、相手が自分の話を聞いてくれるときにも、この人はなにをしてくれようとしているのだろう、と想像することができるようになります。
利他的になると、相手の利他の気持ちにも敏感になるのです。


いまどきはドラッグストア全盛ですが、かつての町の薬局には頼りになる薬剤師さんがいました。
「頭痛薬ください」というと「いつからですか」と聞かれて、痛みの感じも聞いてくれて、「じゃあ、この頭痛薬がおすすめですよ」と出してくれるのです。
自分の商売は薬を売ることではなくて、お客さんの不調を和らげることだと理解している薬剤師さんでした。


僕の話の聞きかたも、こういう薬剤師さんタイプです。
課題を抱えたAさんが目の前にきたら、まずは課題の中身を詳しく聞いてみます。
課題がどのように改善されたら楽なのか、快適なのかも聞きます。
「それならこのお薬ですね」の代わりに僕がいうのは「この業者のBさんに頼んだら解決できますよ」の一言。
そして、AさんをBさんにつなぎます。


Aさんのなかには「課題を髙倉さんにぶつけたら解決できる業者を紹介してくれた」という事実が刻まれ、Bさんには「髙倉さんがお客さんを紹介してくれた」という事実が刻まれて、僕はAさんからもBさんからも「ありがとう」と感謝されます。
紹介で僕にお金は入ってこないけれど、恩のマイルという無形で尊いものが確実にたまっていくのです。
「利他の人」であることは、こんなにもクリエイティブで豊かなのだと知ってもらえたらうれしいです。


自社の商品を買ってもらいたい気持ちは誰も同じです。
僕にももちろん、おおいにあります。
ならば「買ってください」と手当たり次第に頼めば買ってもらえるのかといえば、そんなことはないですよね。
すでに痛感しているはずです。


とにかく売上を上げたい、利益を得たい、と利己的になっている自分を一瞬でいから、外から見てみてください。
この人間から商品を買いたいと思うだろうか、この会社のサービスを受けたいと思うだろうか。
つぎに、同じ目線でお客様を見てみましょう。
このお客様は、いまなにを考えているのか、なにか困っていることがあるのだろうか。
その疑問をそのままお客様に聞いてみるのです。
「いま、なにかお困りのことはありませんか」と。


僕は、覚えている限りずっと前から、いまいったようにしてお客様に接してきました。
お客様のお困りごとを解決するのが僕の仕事。
その結果として「店舗ドック」や「看板ドック」や看板本体が売れることがあり、他の人の商品やサービスが売れることもある。
どちらでも、僕としては成功です。


「利他の人」には、貨幣のお金と同じか、それよりもっと多いくらいの恩や徳のマイルが入ってきます。
「大切なものは目には見えない」といったのは、『星の王子様』に出てくるキツネだそうですが、髙倉博も全面的に同意します。
目の前の人の話をその人の身に


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髙倉 博

株式会社店舗ドック代表取締役

1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。

卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。

最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。

しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。

多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。


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