髙倉博は「利他の人」といわれる理由
僕は、自他ともに認める「利他の人」です。 利他的に考える、利他的に動く、利他的に生きる人。 利他の...
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銀座男声合唱団三代目団長に就任してから3か月が経ちました。
12年前の創立間もない頃に入団させていただき、一人事務局から事務局長になり、二代目団長馬渕泰太郎さんに引き上げていただいての三代目拝命です。
創業社長を27年続けてきた僕が、銀座男声合唱団で初めて組織内での出世を経験させていただきました。
カリスマ的リーダーだった初代団長坂本孝さん、一人も取りこぼさない包容力の二代目団長馬渕泰太郎さん。
対照的に見えるお二人ですが、類まれな統率力において一致されていました。
三代目の僕にはどんな形容がなされるでしょうか。
団長としての抱負は、ニューヨークのつぎは韓国、モスクワ、そしてヨーロッパへと舞台を世界に広げていくことです。
いまはまだ自称ですが「世界に羽ばたく三代目団長」として精進をしていく所存です。
そんなこともこんなことも、坂本孝さんにご報告をしなければ、と思いながら、年を越してしまいました。
ご親族にお墓参りさせてくださいとお願いして、決まった日取りは1月26日。
くしくも坂本さんのお命日でした。
これぞお導き以外のなにものでもないと思います。
わたしたちもご一緒したいといってくれた合唱団メンバーが9人ほど。
坂本さんと直接にお会いしたことのないメンバーもいて、こんなにも僕と心を同じくしてくれることに感激しました。
甲府までの道中は大人の遠足気分で楽しかったことを書き添えておきます。
一般的にお墓参りするとご先祖が守ってくださるといわれます。
尊敬する方のお墓参りも、そんな加護を求めてのことかもしれません。
僕の場合は、その方から守ってもらうというよりも、パワーやエネルギーをいただくためにお参りをしています。
坂本さんのように素晴らしい方のパワーは、彼岸と此岸の境をかるがると越えて届くと信じているからです。
坂本さん、高倉博です、ご無沙汰をお許しください。
このたび馬渕泰太郎二代目団長の命により銀座男声合唱団三代目団長を仰せつかりました。
創設者の坂本さんの名に恥じない合唱団として、「世界を心のハーモニーで満たす」の理念を胸に邁進して参ります。
どうぞ、この若輩者に坂本さんの偉大なパワーとエネルギーをお与えください。
なにとぞよろしくお願いいたします。
と、ちょっと丁寧に文章化しましたが、一言でいって、「坂本さん、エネルギーください」とお願いをしました。
合唱団メンバーたちも、一人一人手を合わせて神妙な面持ちです。
坂本さんは、もしかするとお墓のなかや空の上からではなくて、僕たちのすぐそばで、そんな様子を見ていてくださったのかもしれません。
お参りを終えた僕たちは、その前にも増して明るく朗らかな気持ちになっていました。
そして、なんといっても銀座男声合唱団メンバーズです。
初代団長に一曲お聴かせしようじゃないかという話になりました。
しかし、ここはお墓です。
お寺や近隣の方々のご迷惑になるようなことがあってはいけません。
ご住職に伺ってみると快諾してくださり、みんなで一曲歌いました。
坂本さんは喜んでくださったに違いありませんが、他のご先祖様方は驚かれたことでしょう。
坂本さんの息子さんは、その夜、おとうさまの遺影に「親父、よかったなあ」と語りかけられたそうです。
慕う、慕われる、という関係は人生よりもずっと長く、尊いもの。
息子さんのお話を聞いて、僕はその思いを新たにしました。
それから、僕だけに聞こえた坂本さんの声がありました。
「髙倉、お前わかってるやつだな。がんばれよ」
亡くなった人が僕たちのなかで生きている、という表現はよく聞きます。
実際に、大切な人たちの思い出はいつまでも消えることはありません。
しかし、僕は思うのです。
僕たちのほうが、亡くなった人たちのなかで生きているのではないかと。
坂本さんほどに大きな方が、亡くなったからといって、僕のなかに収まるような小さい存在になるわけがない。
むしろもっともっと大きくなって、僕たちを包みこんでくださっているのではないでしょうか。
春からの銀座男声合唱団はさらに結束を固めて、ぐんぐん成長していきますよ。
坂本さんにも、前団長の馬渕さんにも、応援してくださっているみなさまにもそう宣言して、今回のブログを締めさせていただきたいと思います。
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株式会社店舗ドック代表取締役
1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。
卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。
最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。
しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。
多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。
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