髙倉博は「利他の人」といわれる理由
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今月のブログでは、自己肯定がどうにも苦手だった僕が2025年、とうとうそれを克服したという物語を書いています。
ついこのあいだまでの僕のように、自己肯定に手間取っている人たちへのささやかなクリスマスプレゼントになれば幸いです。
きょうは、銀座男声合唱団での活動が、自己肯定のための大きな力をくれたことについてお話ししましょう。
14年前、経営コンサルタントの長山宏先生の言葉に従って入団した銀座男声合唱団。
音楽経験がほぼ皆無で不安しかなかったのですが、憧れの大先輩坂本孝さんとお近づきになりたい一心で飛び込みました。
当時は会社経営についても不安だらけでした。
長山先生から出される課題には、合唱でもボクシングでもとにかく食らいついていったものです。
入団してみると、社長集団ですから事務方が手薄、いろいろなことが滞っていました。
いちばん下っ端の僕にできることがあればお手伝いさせてください、と事務局を自称かつ自任しました。
その後、坂本団長の鶴の一声でニューヨークカーネギーホールでのコンサート開催が決まり、事務局の仕事は一気に本格化しました。
合宿は毎夏行われ、2回めのカーネギーホールでのコンサートを開催。
団長は坂本孝さんから馬渕泰太郎さんにバトンタッチ。
カリスマリーダーの坂本さんから包容力リーダーの馬渕さんへの交代でもありました。
僕は一人事務局から「部下」を持つ事務局長へ。
ここまで僕個人の経緯をまとめると、ヒラ団員から事務局員へ、その後事務局長へと「出世」しています。
勤め人時代に少しだけ平社員の経験がありますが。28歳で独立企業してからはずっと社長。
そんな僕が、銀座男声合唱団で、初めて組織のなかでの出世を経験させていただきました。
僕きっかけで入団した団員も増えて、おこがましいいいかたですが、銀座男声合唱団のなかでの僕の人望は厚くなっていったのです。
そして今年5月には、カーネギーホールでの3回めのコンサート開催。
事務局長として局員を統括する立場になり、実務的には少し楽でした。
ステージでは、僕はアンサンブルの「いとしのエリー」でメインボーカルを務めました。
達成感で胸がいっぱいでしたが、僕の本番はもう一つあったのです。
コンサート翌日に開かれる経営体験発表会での登壇がそれです。
馬渕団長からの直々のご指名でした。
銀座男声合唱団での返事はYesかハイしかありません。
「店舗ドック」で世界を目指すと宣言した僕の、最初の舞台がニューヨークでの経営体験発表会だなんて、これ以上の幸せがあるだろうか、頑張れ博、と自分を奮い立たせてやり遂げました。
2025年5月、ニューヨークカーネギーホールでメインボーカルを歌ったことと、経営体験発表会で登壇したこと。
この二つだけでも、銀座男声合唱団のおかげで、僕の自己肯定感はこれまでの最高値を叩き出しました。
しかし、まだ先があったんですね。
「銀座男声合唱団三代目団長は、高倉君、きみに任せたい」
馬渕団長のご指名再びです。
それも三代目団長になりなさいという極太の白羽の矢。
初代団長が坂本孝さん、二代目団長が馬渕泰太郎さん、三代目団長が….僕?!
思わず「僕でいいんですか?!」と聞き返したくなってしまいましたが、尊敬する馬渕団長が決められたことだと思うと自己卑下はしていられません。
答えはYesかハイかしかない、つまり「謹んでお受けします」とお返事しました。
ありがたいことに、団員の受け止めも「髙倉さんしかいないでしょう」という肯定的なものでした。
尊敬する先輩からの評価と、気心の通じた仲間からの信託。
僕自身が自己肯定しないわけにはいかない状況です。
謙虚であることと自己卑下は違うことも痛感しました。
自己肯定をした上で、自分にできる限りのことをするという謙虚さを忘れないように、と自分に言い聞かせています。
11月には三代目団長として初のディナーコンサートを開催。
満席のお客様から拍手をいただくという栄えあるデビューでした。
今後も僕らしさを生かし、韓国やヨーロッパでの公演など、世界にはばたく銀座男声合唱団として、新たな挑戦をしたいと思います。
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株式会社店舗ドック代表取締役
1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。
卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。
最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。
しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。
多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。
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