株式会社店舗ドックの社員に僕が求めるもの ①共感共鳴
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僕は長い間、自己肯定することが苦手でした。
人様から褒められても「いやいや僕なんかまだまだ」と反射的に返してしまっていました。
創業28周年を迎えても、団体の「長」のつく立場に抜擢されても、メディアに取り上げられても、賞をいただいても、内心の「僕ごとき」が拭えなかったのです。
とくにこの3、4年、周りの方々からいただく評価と自分の内面とのギャップを埋めることが自身の喫緊の課題だと感じるようになりました。
もがきにもがいた甲斐あって、この2025年12月、ついに自己肯定という人生最大の苦手をほぼ克服できたのではないかと思います。
よって今月のブログでは1年の締めくくりの意味もこめて、髙倉博の「自己肯定苦手克服物語」を連載しますので、ぜひ最後までおつきあいください。
10年前もいまも、会社の外で僕を知る人たちは、僕が自己肯定が苦手だとは思っていません。
「髙倉さんって明るくてキラキラしていていつも楽しそうだよね」
「悩みなんかないでしょう」
「仕事も遊びもめちゃくちゃ充実してるでしょう」
僕が知らず知らずうちにみんなにそう見せているのか、知らず知らずのうちにみんなにそう見えているのか。
どちらかわからないけれども、僕が自己肯定が苦手だという内面を持っていることはほとんどの人に理解されません。
僕自身が僕と同じような内面を持つ人を見抜けるかといったら、出会ってすぐには無理かも。
つまり、僕たちのような「人からはキラキラ見えているけど内面ではクヨクヨしがち」なタイプは、そのタイプであるがゆえに孤独なのです。
そんな隠れた同胞が、僕の克服物語を使って自己肯定のしかたを学んでくれたらハッピーです。
まずは僕の自己肯定苦手的生育歴からお話ししましょう。
こどもの頃は自己肯定できる要素を持っていませんでした。
学校には休まず出席はしていましたが成績はよくなかった、といって悪いというほどでもなく。
そもそも内面で人に褒められるのが苦手でしたから、ときに人から褒められても、お世辞なんじゃないか、ばかにされてるんじゃないか、と疑っていました。
褒め言葉に対してそのように考えてしまう、いわば「思考の癖」を持っていたのです。
それは大人になっても、30代40代になっても抜けるものではありませんでした。
人は、社長といえば自信満々の人しかいないと思っているかもしれませんが、僕という社長は、つねに不安を抱えていました。
いっぽうで、だからこそ人の反対側にいつもいて、人と違うところに気づける感性を持っていました。
1たす1が2じゃなくても僕にはそれが正解だ、というひそかな確信があったのです。
俺ってすごいだろう、ではなくて、僕みたいなダメ人間が生きていくにはどうしたらいいか、を考えてもいました。
僕みたいなダメ人間が生きていくには。人と比べて劣等感を抱いたら、羨んでいないで盗むことを自分に命じるのです。
銀座男声合唱団で「この人歌上手いなあ」と思ったら、よく観察して真似をしてみる。
経営や組織の運営で「この人には計画性があるなあ」と感じいったときも、真似をしてみる。
「まなぶ」の語源は「まねぶ」だといいます。
そもそも僕たちは親やきょうだいを真似して立ち上がり、言葉を覚えたのではなかったでしょうか。
劣等感は僕にとって学びのきっかけです。
僕は毎朝7時に起きて身支度を始めます。
そして7時30分。
スマートフォンに通知がきます。
「潜在意識を認める」
設定したのは僕自身。
「よし、潜在意識を認める」
と鏡に向かって復唱し、きょうという日の「自分スイッチ」を入れます。
「潜在意識を認める」とは抽象的な言葉ではありますが、だからこそ、僕には深いところに響く意味を持っています。
潜在意識は認めなければ潜在しているまま、僕の行動や存在そのものに影響を与えます。
しかし、潜在意識を認めるならば、意識の総量100%が自分のものとなって働くことが期待できます。
それはとりもなおさず、自分自身を認めて肯定することにつながるでしょう。
人によってはもっと具体的な言葉のほうがスイッチが入るかもしれません。
いろいろな言葉で試してみてください。
たんに毎日心がけるのではなくて、スマートフォンに通知としてやってくることで、毎朝「はっ」とすることに効果があります。
僕にはとても有効でした。
自己肯定苦手克服ワークの一つとして実践してもらえたら幸いです。
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株式会社店舗ドック代表取締役
1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。
卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。
最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。
しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。
多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。
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