新社名「株式会社 店舗ドック」に込めた思い

新社名「株式会社 店舗ドック」で第28期をスタートしてから1か月が経ちました。
僕は客寄せパンダを自称して、ラジオに出演し、SNSに投稿をし、
初めて出版した書籍『みにくいアヒルの子から白鳥へ 本当の自分を生きる』の宣伝を行なってきました。
もちろん、今後も「株式会社 店舗ドック」を広く皆様に知っていただくために、このブログを含め、あらゆる広報活動に勤しんでまいります。


今回のブログでは、社名変更に際して、いろいろな人から聞かれたこの質問について、改めてお答えしたいと思います。

「髙倉さん、創業以来27年間も慣れ親しみ、お客様にも認知されていた社名をなぜいま変えたの?」

およそ人は現状維持をよしとするものです。
それを「ホメオスタシス」と呼ぶならば、生命にとって重要な本能でしょう。
ですから、現状を変えていくことには、大きなエネルギーを必要とします。
企業の社名変更は、経営者が現状維持の本能に打ち勝って大きな決断をしたことを意味します。


僕の場合「株式会社 店舗ドック」への社名変更の理由は、第一に、なにをしている会社なのかわかりやすくして、広く周知を図るためでした。
お菓子の会社が「〇〇製菓」を名乗り、薬の会社が「〇〇製薬」を名乗るのは、まさに社名と業務内容の一致です。


僕たちもお客様にご挨拶するときに、「株式会社 店舗ドックです」という名乗りで、社名と業務内容を一度にご理解いただこうと考えました。
僕自身が「株式会社 店舗ドックの髙倉博です」と名乗るときも同様で、自己紹介と社名紹介と業務内容の紹介が一度にできます。
初対面のご挨拶という、お客様の信頼を得る上での第一歩が、大きく踏み出せることになると思います。


二つめの理由は、僕自身の「店舗ドック」に対する覚悟を示すことでした。
10年以上前に僕は「看板業界を安全第一の業界にする」という志を立てました。
そこから「看板で悲しむ人や苦しむ人をゼロにする」を大義名分とし、ミッションとして魂に刻んでいます。
その志と大義名分は、現在もまったく揺るぎませんが、いっぽうにお客様方のお困り事の実相がありました。


僕は看板のアングルからお客様のお困り事をとらえ、課題解決することに邁進してきました。
しかし、数百店舗の単位で全国展開をする企業にあって店舗開発部を担うお客様方のお困り事は、当然のことながら、店舗全体から持ち上がります。
緊急メンテナンスを要する案件が1日に10件あると伺いました。


一人か二人の担当者の方がそれらに対応しているのが現状です。
看板の安全だけにリソースを割いてはいられないのは無理もないこと。
つまり、僕たちが看板のお困り事を解決しているだけではお客様の安心はなく、僕たちから見ても「看板で悲しむ人や苦しむ人をゼロにする」ことはできないのです。


「看板ドック」を「店舗ドック」に拡大することは、お客様からの要請のみならず、僕のミッション完遂においても必要不可欠であることを悟りました。
「店舗ドック」に全身全霊で取り組もう。
その覚悟を決めたことを世界に向かって宣言するための社名変更です。
着想ではなく、流れでもなく、必然だったと思っています。


店舗の緊急メンテナンスは避けられないものであるのは確かです。
僕たちも、ある日突然熱を出したり、怪我をしたりしますよね。
健康に注意していても、そういう急な不調を一度も起こさずに人生を送ることは不可能です。
店舗もなんらかのアクシデントによって、緊急メンテナンスが必要になることはあるでしょう。


「店舗ドック」は予防メンテナンスを提供し、店舗の健康寿命を延ばしますが、緊急メンテナンスを実施する業者の方々との共存共栄を望んでいます。
お客様が店舗を連日無事に営業していただけるよう、お互いに全力を尽くしていきましょう。


「髙倉くん、看板はもう大丈夫だから、次は店舗全体を頼むよ」
そんなお客様の一言から始まった「店舗ドック」が、「看板ドック」を包含しながら大きくなり、本格化して、ついには社名を変更することになった──
僕のこの1年余りはほんとうに激動の日々でした。
同時に上場の準備も進めるなかで「世界を目指す」という言葉がどんどんリアルになってきているのを感じます。


株式会社 店舗ドックの髙倉博と「店舗ドック」をどうぞよろしくお願いいたします。
改めてこう申し上げて社名変更後満1か月のご挨拶とさせていただきます。


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髙倉 博

株式会社店舗ドック代表取締役

1970年、東京都世田谷区生まれ。
大学進学に失敗し簿記の専門学校へ進んだ経験が、「大卒者には負けない」という原動力となる。

卒業後、父親の会社で「自分が脇役の人生になってしまう」と焦りを感じて起業。
創業7年目の34歳で看板用LED事業で成功を掴むが、取引先の倒産などが重なり、36歳で1億円の借金を抱える。

最愛の母の死をきっかけに人生を見つめ直し、コンサルタント長山宏氏との出会いを経て再起。
「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。

しかし42歳の時、社内クーデターを機に自暴自棄となり酩酊し、社員旅行の宿泊先の窓から飛び降りるも、標識に衝突し奇跡的に命拾いする。
自分を見つめ直し「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。

多くの顧客に支持され、2025年10月1日には、27年間続いた社名を「株式会社店舗ドック」に変更し、業界の更なる変革を目指している。


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